「うん、だけど馬ね。ずっと馬のかぶり物してるの」
「マジですか」
「うん、素顔出ないよ」
「マジですか」
「うん」
「マジですか」
こんなやりとりをした。困惑の色を隠せないでいる古山氏を覚えて
いる。デンキ島で事務所からも声が掛かり絶賛花マル急上昇中の古
山は思ったはずだ。「何故、俺の顔を隠す」と。
確かに役者にとって一度も顔が出ない主人公というのは複雑なもの
がある。いや、複雑どころかちょっと哀しい。はっきり言っておい
しくない。顔が出る脇役の方がまだいいかもしれない。だけど僕は
心を鬼にして素顔を出さないことにこだわった。
こだわったのは覚えてる。しかしその理由が思い出せない。
例えばこんなことも覚えている。稽古場でも勿論馬の仮面をかぶっ
て稽古をする。僕が古山にダメ出しをする。古山は馬の仮面を脱い
でそれを聞いていた。汗だくだった。次第に馴れてきたのか、彼は
ダメ出しを聞く時、馬の仮面をひょいと帽子のつばを上げてあみだ
被りのようにするテクニックを覚えていた。古山の顔の上に馬が生
えているかたちである。僕は真剣にダメ出しをしている反面、心の
中では笑っていた。最後の方には仮面を脱ぎさえしない。馬のまん
ま「はい」って答えている。一体コイツは誰だと思っていた。役者
がただの馬になっている。僕は馬にダメ出しをしている。この状況
第十一話「何故馬なのか」蓬莱竜太