い詰めた。彼がへとへとになるまでやらせた。彼を信用していなか
ったとも言える。彼が考えるもの、彼から出てくるものを一切信用
していなかった。稽古日数も限られている。そろそろ追い込みの時
期だというのに彼は間に合っていない。彼に多くの時間をさいた。
状況も現場の雰囲気も重たいものになっていく。ところが角刈りに
散髪させてきた日、彼を一目見て、そのあまりの似合いっぷり僕は
大笑いした。一瞬にしてどういう人間かが見えた。見えたのは僕だ
けじゃない。彼自身も自分の役が、自分自身が見えたはずだ。それ
から彼の芝居の一挙手一投足が僕のツボにハマっていった。彼も突
然の覚醒。生き生きとし始めた。あんなに責め立てて、あんなに何
度も稽古して、怒鳴り立てて、そして彼は何をしていいかわからず
動けずにテンパっていたのに、それがありえないくらいの能動性を
持ち始めた。正解がはじめからわかっている解答者のように、迷い
なく、ぶれることなく、これでしょ、と言わんばかりにヒット演技
を連発させる。しまいには頼んでもいなのにベルトの長さをやたら
長くして尻尾のように見えるという意味不明の演技プランも持ち込
み、それもまたツボだった。芝居というのは不思議だ。どんな演出
の言葉、どんな練習量より、髪型を角刈りに変えるだけでトンネル
を一気に抜けることもある。そして役者本人がその楽しみを見出せ
れば、もう演出なんて関係なく倍々ゲームで進化する。最近僕は役
者自身の想像力を一旦信用してみることにしている。まずは待つ。
つまり僕の中では役者の仕事で一番面白いところがそこだと思って
いるからだ。役を想像する。役の状況、状態を想像する。それを自
第九話「転換期。最後は運だぜ」蓬莱竜太